Special スペシャル

「青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない」
原作者・鴨志田 一×監督・増井壮一 
連載インタビュー
《ナイチンゲール編》
赤城郁実というキャラクターはどのように生み出されたのでしょうか?
鴨志田一
(以下、鴨志田)
咲太がすでに乗り越えていることを、まだ乗り越えられていない子、というキャラクター性が赤城郁実のスタート地点としてありました。咲太たちが中学生の頃にあった事件は、基本的に咲太の視点、つまり咲太の気持ちしか描かれていません。そこで、あの場にいた人はどう思っていたのだろうかを描くことで、あの空気を作っていた立場からはどう見えていたのか、そして本人にはどういう影響があったのか、もう少し物事が多角的に描けるのではないかと考え、生み出したキャラクターです。
増井壮一
(以下、増井)
このナイチンゲール編は『青春ブタ野郎』シリーズの高校生編、大学生編含めたすべての心臓部分になるなと考えていました。そもそも、なぜこの物語が始まったかというと、赤城も知る咲太たちの中学生時代の出来事があったからです。中学卒業から数年経って同窓会が開催され、皆が再会するという場面はこのシリーズの中でも一番厳しい現実をリアルに描写しているところだと思うので、生々しく表現したいと思っていました。
ナイチンゲール編のポイントである「向こうの世界」と、「こっちの世界」について、分かりやすく解説をお願いします。
鴨志田
どちらの世界の赤城郁実も、中学生の頃にあった事件をずっと後悔していることを出発点としています。「向こうの世界」の郁実は、咲太が中学での問題を解決してしまったため、無力な自分を見せつけられてしまいました。そして同じ高校に進学し、咲太がさまざまな活躍をするのを目の当たりにし、「本来は私がそういう存在になりたかったのにな」と、ボロボロになっています。
鴨志田
一方で「こっちの世界」の郁実は、中学の時の事件で咲太が辛い目にあって、その事件を自分の力でどうにか解決したかったのにできなかったという後悔をしています。それを忘れたいがために、何かできる自分でいることを追い求め続けていました。そうしたら大学で咲太とばったり再会し、咲太がすでに吹っ切れていることにショックを受けました。結果的に、どちらの郁実も咲太のせいでちょっと嫌な思い出を持ってしまっています。
赤城郁実の性格自体はどちらも共通していますか?
鴨志田
基本的には一緒という想定でいます。真面目に何でも捉えてしまうので、息抜きの苦手なところはどちらも一緒です。ただ、両方の世界で起こった出来事が少しずつ違いますので、それによる影響で異なる部分は出てきています。ひとつ決定的な違いは、「向こうの世界」の郁実は、少し咲太に好意を持っていた点。それが好意なのか執着なのか分かりませんが。
「向こうの世界」の郁実は、挫折して自分を見失い、やってきたこっちの世界では誰にも気づいてもらえないなど、他のキャラクターよりも悩みがいくつも連鎖している感じがします。
鴨志田
悩みが多いキャラクターにしたかったというよりも、彼女は性格上、目の前に映るものや起こった出来事を100パーセントで受け止め、自分で消化しようとするので、何が来ても結局彼女は悩むんですよ。そのため、物語として組んでいった課題について、他のキャラクターであればスルーしてしまうのですが、彼女だけは自分で受け止めようとする。その結果、悩みが多い人物になってしまいました。
最近の大学生にも実際に多そうな子のような感じがしました。
鴨志田
そうですね。一つの悩みに対してずっと自分で抱え込んでしまう真面目な子が増えたのでしょうね。「もう少しちゃらんぽらんに生きた方が楽ですよ」と、言葉にするのは簡単ですが、本人にとって今はそれが一番だと思い込んでしまうと、そこから抜け出せなくなる。そういった要素で組み立てていった結果、ああなってしまったのが郁実という人物です。
咲太は求められている言葉をストレートに返さない事が多い人物ですが、特に郁実に対してはそれが多いと思います。ラストシーンで、「向こうの世界」の郁実が帰る前に彼女から求められている言葉に対しても同様だと思うのですが、そのあたりの演出で意識をされたことは何でしょうか?
増井
たぶん咲太からは、対面している「向こうの世界」の赤城郁実のことはどっちみちよくわからないんだと思うんです。知らない世界にいる双子の片割れみたいな人物について彼女はいろいろと語ってくれているけど、「それって僕じゃないしなぁ」と。

そもそも話が合わないというのが前提なので、「もっと放っときゃいいじゃん」ということしか言えないんじゃないかなと思うんですよね。そんな「デキる咲太」について、「僕に言わないでくれ」と。
鴨志田
今の話の延長の部分になりますが、二人の会話を書くときは絶対に向き合わない二人というイメージで書いていました。つまり、相手に言葉をかけすぎない。郁実は咲太と喋っているけれども、その後ろにいる誰かと喋っている感じは意識していました。
増井
これは原作からの印象ですが、赤城と喋っている時の咲太って、物理的に横向きに並んでいる場合が多いですよね。他の子は割と向き合うんですけど。
鴨志田
そこは敢えてそうしています。ベンチで並んで座っているシーンなどは、そうあるべきだと思って書いていました。アフレコの時にも「郁実さんに対しては、話を聞きすぎない、言葉をかけすぎないようにしてください」とお願いをしていました。

郁実の問題を解決するにあたっては、「親身になって話を聞くことが解決ではない」という判断を咲太はしたんだと思います。むしろ、「適当なことを言ってあげることが解決なんだろうな」と思ったので、ああいう会話になった。基本的に咲太はヒロインの鏡になるという喋り方をする人物なんです。これは他のヒロインに対してもそうですが。
増井
咲太からすると、郁実というのは真面目すぎな人で、「黒板なんかそんなに綺麗にしなくてもいいんじゃない?」という目で見てんじゃないかな。