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劇場アニメ
『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』
原作・鴨志田 一×監督・増井壮一対談

『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』(以下、「おでかけシスター」)は「青春ブタ野郎シリーズ」4年ぶりの映像作品となります。改めて原作の印象を増井監督にお伺いできればと思います。
増井壮一監督(以下、増井)
最初にタイトルを見たときは、「きっと楽しい青春ラブコメなのかな?」と思ったら、登場人物がみんな悩んでいて、「これは大変な作品に関わることになったぞ」と思ったことを覚えています(笑)。そこでキャラクター1人1人の悩みの部分を徹底的に掘り込んで、正面で受け止めていこうと作品づくりに取り掛かっていきました。
また鴨志田先生としては、ご自身の原作がアニメ化されたものをどうご覧になっていましたか?
鴨志田一先生(以下、鴨志田)
僕の方では最初のTVシリーズから、映像ができあがることを率直に楽しみにしていました。今は『おでかけシスター』の完成を楽しみにしている最中です。
先生は打ち合わせにも参加されたそうですが、どんな話題が出ましたか?
鴨志田
シリーズ構成の横谷昌宏さんに書いていただいている全話の脚本がもともとしっかりしているので、ほとんどこちらから申し上げることはなく、とても穏やかな打ち合わせなんです。増井監督は僕から見ると結構、謎の人なんです(笑)。お茶目でミステリアスというか……。
増井
昭和のアイドルみたい(笑)。
鴨志田
主人公の咲太くんのことをすごく好きでいてくれて、たくさんの遊び心秘めていらっしゃると感じます。シリーズの中で咲太がやたらとパンイチで登場するんです(笑)。もちろん、彼の胸の傷を見せるためという、演出上の必然性があってのことなのですが、それだけで終えずにサービスカットとして昇華しているところは、増井さんがキャラクターを大事に扱ってカットを積んで描いてくれるからこそなのかなと思っています。
増井
全体的にお肌の露出が少ない作品なので、ちょっとその辺で補完を(笑)。僕からしても鴨志田先生は謎の存在ですよ(笑)。これだけ繊細で複雑な話をまとめる頭脳ってどうなっているんだろうと思います。作っているときは、キャラクターがどう思っているのかを考えながら読み進めていくのですが、その奥には鴨志田先生の優しさが透けて見えます。
鴨志田
いえいえ、そんなことはないと思います(笑)。
先生は執筆当初、ご自身の中高生頃のことを思い出しながら書かれていったんですか?
鴨志田
物語全体としては、僕が中学生とか高校生の頃に読みたかったものを念頭に置きながら書いていた部分もありますし、逆に当時は分からなかったことも、この年齢になったからこそ分かるといった部分もありました。「あれって、こういうことだったんだ」と言語化できるようになったのは、歳を重ねた強みとして出たんじゃないかなと思います。

梓川家の問題に向き合う
「おでかけシスター」と「ランドセルガール」

そしてこの度、映画化される「おでかけシスター」は、梓川花楓をフィーチャーした話ですが、原作を書かれた当初から高校受験を扱ったエピソードとして考えられていた作品だったのでしょうか?
鴨志田
TVシリーズに登場した、ひらがなの「かえで」が抱えていた問題の裏側には、すでに今回の映画で描かれる要素は存在していて、物語として想定はされていました。ただ、シリーズ第1巻を書き始めたタイミングでは、物語として形にしようとは考えていませんでした。理由はいくつかあるのですが、大きくはとても地味な話になることが想定されるので、それをエンタメ作品として昇華できるかどうかのビジョンが見えなかったということがあります。作者としては、できれば書かずに済ませたかったのですが、編集部との話の中で、後の咲太の大学生編を見据えた上で、この梓川家の問題は避けて通れないということになり、「やるしかない」と書き始めた次第です。
梓川家の問題を、花楓の高校受験のタイミングで決着させることにしたのは?
鴨志田
もう1年後ろ延ばしにしてしまうと、咲太の大学受験が絡んでくるんです。そうなると、受験生をやらなきゃいけないのに他にも問題があるという状況になるので、このタイミングで梓川家の話に向き合わざるを得ない。花楓の話は彼女が「高校に行きたい」という思いから始まる物語なので、やるのであればこのタイミングだなと思っていました。
そういったシリーズのなかである種、特殊なエピソードであるこの「おでかけシスター」ですが、増井監督はこれまでとの違いを何か感じていらっしゃいましたか?
増井
TVシリーズの方だと、各メインヒロインに何かしらの不思議な現象が起きて、そこでのドラマチックな展開が用意されていたのですが、「おでかけシスター」は、花楓ひとりの心の問題という部分が大きかったので、全体的には受験に向かう花楓という少女の心の話になっています。TVシリーズとは雰囲気が変わりますが、これはこれで花楓の心に寄り添ってありのまま描きたいと思っていたので、シリーズをご覧になっていた方もそのまま受け入れてくれるんじゃないかなと思います。2019年の『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』を作っているときは、先生が「おでかけシスター」と「ランドセルガール」の2作を執筆中だったので、我々は知らない状態だったのですが、読んでみたところ、「ここまできてようやく咲太の高校でのお話が終われるんだな」と思いました。ちょっと間が空きましたが、これまでと引き続き、咲太たちの話はどこも途切れず続いているのだという意識で向かいました。
花楓が主軸になる話ではありますが、終わりゆく高校時代の、どこかしら寂しいという気分がありますね。
増井
TVシリーズ、映画「ゆめみる少女」で終わった気分になっていたけれども、実は大事な部分について、「あなた、何かとぼけてますよね?」、「そこを無視していたら話が終わらないぞ?」と、主人公に突きつけている内容です。ですから、僕ら制作陣も覚悟して臨む必要がありました。
全編に渡る静謐さが映画向きですし、音楽や演出面でも時間の縛りを感じさせない、ぜいたくな時間の使い方をされているなと思いました。
増井
TVシリーズのときは時間が決まっているので、そのあたりの演出はどうしても余裕がなくなりがちなのですが、今回は映画なのでじっくりとできました。もともと自分としてもアクションというよりも、こういうタッチの方が好きなんです。それに、映画界全体で見れば静かな作品というのも珍しくはないので、そこに不安を感じることはありませんでした。

描きながら花楓を見つけ、
見守るように丁寧に描く

鴨志田先生は彼女をフィーチャーした物語を作る際に、「花楓」に命を吹き込むところでの苦労はありましたか?
鴨志田
ドラマとして強弱がつけづらいところは苦労しました。先ほど監督がおっしゃったように、これは彼女の心の中の問題でしかないわけです。外からとやかく言われても変わるものでもなく、最終的には自身で乗り越える必要があります。その環境づくりを1つずつ積み重ねていきました。
書く中で、彼女を見つけていった感触はありましたか?
鴨志田
書きながら考えながら、ちょっとずつ花楓との付き合いを深めていくという感じですね。「彼女はこう思うから、こういう言葉が出る」、といったように何度も何度も頭の中でシミュレートし、ハマったら前に進むといった感じでした。プラス、彼女に関しては「かえで」の存在がいた上での「花楓」というキャラクターなので、作者としてはこっちの子も好きになってほしいなという気持ちで書いていました。「花楓」は言ってみれば、本当にただの妹であるので、その普通さみたいな部分は大事にしながら書いていきました。
増井
TVシリーズでは「花楓」の魅力が、あまり見えないまま終わってしまいました。それが今回はメインヒロインとして登場します。今まで見えなかった感情がようやく見えてくるので、咲太の妹を素直に皆さんに紹介するという思いでした。いわゆるエンタメ的に見ると、何も起こってないように見えるかもしれませんが、彼女はずっと何かと戦っているわけです。そこを見せたい作品なので、演出的には余計なことや邪魔なことをしないようにという気持ちでした。
受験も含め、追い詰められている状態だった彼女を過剰に演出せずに描いていく。
増井
そうですね。僕なんて時間的に遠い記憶になっていましたが、花楓を見ているうちに「そういえば……」と、改めて自分でも受験を経験するような目線になれたので、それを手がかりとしていきました。大人であれば右に行っても左に行っても良いし、可能性はいくらでもありますが、彼女にはそれがない。そういう子のお話なんです。立場は違えども、どこかで皆さんも身に覚えがあると思います。
そうした花楓を演じる久保ユリカさんをはじめとしたキャストの方々の芝居も伺いたいと思います。まずは花楓の演技をどのようにご覧になっていましたか?
鴨志田
TVシリーズで「かえで」から「花楓」に戻った時に、音響監督の岩浪美和さんが「もっと生意気な感じで演じていいよ」とおっしゃっていた覚えがあります。おそらく、当初は久保さんご自身もどう演じたらいいのか分からず、もう少し柔らかい感じだったと思います。そこから、特に兄を慕っているわけではない、普通の妹のスタンスで演じてもらったのが、最初の「花楓」の声なのかなと思います。
増井
そのあたりで久保さんもすぐ反応してくれて、パッと「花楓」が登場したという感じでしたね。僕としても、こんなにたっぷり花楓の声を聞けたのは今回が初めてのことでした。別に何かお願いをすることもなく、どちらの「かえで」も久保さんが「本人」なので、どういう声を出すのかなと見守るように聞いていました。むしろ、久保さんの演技をいただいてやっと、「花楓ってこういう子なんだ」と分かった感じがしました。
今回の「おでかけシスター」でのお芝居は監督からご覧になっていかがでしたか?
増井
とても細かくお芝居を組み立てていただけたなと思います。他の皆さんとは別に収録するという形になり、気にかけてはいたのですが、終わってみれば何も心配する必要がありませんでした。お話自体が花楓の心の問題についてなので、やはりここでも1人で戦ってもらうしかない。奇しくも収録環境とリンクしました。
先生は収録をご覧になっていかがでしたか?
鴨志田
これは今回の収録に限った話ではないのですが、この作品の発表会の時点から謎の緊張感があり、石川さんはそのとき既に泣きそうになっていましたが(笑)。でも久保さんだけは「嬉しいけど……あの話を?」という責任感を背負っているように見えました。そんな経緯がありましたので、収録後に「役目は果たせたかな」といった表情の久保さんを見た時には、涙を堪えるのが大変でした。収録後に久保さんと少しお話したのですが、花楓を支えてくれる咲太や麻衣さんたちの声がある状態で収録できたのでやりやすかったとおっしゃっていましたね。実際、演技も素晴らしかったです。
ある種、久保さんにとってはけじめでもありますからね。また、咲太と麻衣の関係性もこれまでのシリーズを重ねてきた中での成熟や芝居の深みがあると思われますが、監督からご覧になっていかがでしたか?
増井
石川さんにしても瀬戸さんにしても、僕の感覚では咲太と麻衣本人と言っていいほど預けています。今回は咲太と花楓のお話で、そばにいる咲太が背負う部分もあったので、石川さんとしても重圧を感じていたのではないかと思います。
鴨志田
2人して花楓を心配して見守っている目線なので、娘のようなイメージが強くなっているんじゃないかなと思います。
また、fox capture planによる音楽についてもお伺いできればと思います。監督からは彼らの音楽にどのような魅力を感じていますか?
増井
映像演出的にはもう、半分が音楽といっても過言ではありませんね。彼らにはTVシリーズの最初で、「バトルがあったり光線が飛ぶような派手な作品ではないので、そのあたりを音楽で牽引してください」とお願いしたんです。それにバッチリと応えていただけて、もう頼りっぱなしです。
前作も含め、映画ではフィルムスコアリング(映像の尺を決めてから音楽を作り、当てる演出方法)で作られていますが、今回お願いしたことは?
増井
まず、彼らにはTVシリーズからの完全な続きと捉えてくださいとお話ししました。そのあと、岩波さんが曲の付け所を決め、僕に回してもらってリクエストをして、彼らがデモ音楽の制作に入ります。今回もたくさんの新曲がありました。それらを頂いた後、部分的に「ここはテレビのときのあの曲をモチーフに」とリクエストをしています。

映画ならではの豊かさを
存分に味わってほしい

今回の映画全体を通して特にお客さんにご覧になっていただきたいところを教えていただけますか?
増井
個別のシーンというよりも、全体で楽しんでいただければと思います。TVシリーズであれば「これ要らないんじゃない?」とされるようなカットを入れることで、作り手側も映画ならではの豊かさを存分に味わっていますので、お客さんもそういったちょっとしたスキマのある部分を楽しんでいただければと思います。あとは花楓の頑張りですね。咲太と同じ目線で見ていました(笑)。
鴨志田先生はいかがでしょうか?
鴨志田
しっとりするお話が許される、劇場作品という舞台で、シリーズをとても丁寧に作っていただいたスタッフの方にまた集まっていただけました。原作を書いていた時は、ちょっとしっとりしすぎたかなと思ったのですが、先ほどのお話にもありましたように、監督を始めとしたスタッフの皆さんは「おでかけシスター」と「ランドセルガール」の2作品で高校生編に決着をつけるのだと、強い「青ブタ」愛を持って制作してくださいました。それは僕が書いた細かい描写を膨らませて芝居を組み立てたり、コンテや設定、アニメーションに起こしてくれたりしたところからも感じていますので、僕も完成映像を楽しみにしています。
熱心なファンは何回もご覧になるかと思います。作り手としては繰り返しのときにはどんな点に注目してもらえると嬉しいですか?
増井
受験の問題がいっぱい出てくるので、ぜひ解いてみてください(笑)。
鴨志田
僕らとしては、どうしても作り手なので咲太の目線になってしまうのですが、花楓に年齢が近い視聴者の方は彼女の方に感情移入してしまう人もいるかもしれませんね。
増井
そうですね。僕も打ち合わせをしていると思い出すことがたくさんあります。自分のときは受験戦争と言われていた時代で、詰め込み式の教育だったので、今の子はまた別の悩みがいろいろあるんでしょうね。
鴨志田
僕もスクールカウンセラーや通信制高校に取材させてもらいお話を伺うと、たくさん学ぶことがありました。その意味では受験をサポートする親の気分も味わいました(笑)。2019年に「ゆめみる少女」が公開された時に、「お父さんと見に行きました」といったご感想をいただきましたので、同年代の方はそうした形でご覧になる方もいるかもしれません。いずれの立場に感情移入をするにせよ、何か拭くものを持って行かれることをオススメします。そして高校生編最後の『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』も劇場で前売券が発売されていますので、お帰りの際にはぜひこちらもよろしくお願いします!